CECILな1日
古都奈良の、セレクトショップのオーナーがその日に入荷したファッションアイテムやら、 2008年に再燃してしまったジュリー・沢田研二さんの事、そして大好きなハワイについて書いています!
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祭りが終わった。ジュリー@東京ドーム。
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2部が書けません。

他のブロガーの方々の書かれてるのを見て

自分はどうやったのかを書こうとしても

ただひたすらジュリーを見、ジュリーを聴き、ジュリーを感じていました。

それしか思い浮かびません。

思い出の曲では涙し、こうやって書いてる今も泣けて来ます。

知らない曲も多いです。

中抜けの時代の曲なんやなと思い、それがまた思い出です。

今からお勉強(笑)し直して知りたい!とは思いませんでしたし(コンサートに向けて)

中抜けには私の事情、ジュリーへの思いの事情もあったんやもの。

大阪と東京のジュリーの深い感動のMC.

「僕は夢を見る男ではありませんでした。TGのみんなに夢の中に連れて行ってもらいました。

それからずっと今も夢の中にいます。夢の中で夢を見ることはできませんでした。

だから現実をひとつひとつ踏みしめてきました。

日常を、日々の暮らしを一歩一歩踏みしめて来ました。

こうやってまた今日みんなに夢の中に連れてきてもらいました。

そうそう長く続く思ってません。本当に皆さんのおかげで夢が見れました。

ありがとう、ありがとう。

60にもなって3万人もの人の前で歌えるのは嬉しさの極みです。

また明日からしっかりと日常を暮らして行きたいと思います。

1日も長くうたっていたいと思います。ありがとうございます。

ありがとうございます。ありがとうございました。」

何度ありがとうと言ってくれたんやろう。

ここにいた32000人が「イヤイヤ、夢を見せてもろてたんはウチらのほうやよ!」と

突っ込んで?たんやないかしら?

ラジオでジュリーが言ってた「どんぐり目のがり細、泣き虫ケンちゃん」が

32000人の前でこうやって出来て来た事。

ジュリーと私を比べるなんて、ま~~たくオコガマシイのは判ってるけど

20年前には専業主婦、借りたのは5坪の小さな店。

商店街に移転し、それから毎日お客様に来て頂いて、夢と現実を日常を暮らさせてもらっています。

今帰られたお客様に「ジュリー、行って来たんか?」と突っ込まれ(笑)

「良かったか?」

「良かったよ~」

「ほな、しっかり働きや~!」

「まっかせなさい!」

ジュリーどうかこれからも、現実を生きる私たちに「夢」であり続けて下さい。





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